保湿が命
革製品は保湿が命、使い始めから保湿を行なっていないとそれだけ寿命が短くなってしまいます。ルイヴィトンのヌメ革をちゃんと定期的に保湿されている鞄ていうのは見掛けないですが、保湿されていない鞄だから修理で持ち込まれる、という事なのかもしれませんが。
乾燥して革がパリパリ、ささくれだってきています。人の皮膚であれば冬場乾燥して裂けても新陳代謝でいずれ元の状態に戻りますが、革は保湿しなければ乾燥していくのみです。
皮と革
余談ですが、人間の皮膚は皮ですが、レザーは革と書き表します。「持ち手の皮が擦り切れたので補修したいのですけど」ですと、皮膚でできた持ち手が頭をよぎり、ちょっとゾワっとしたりします。
付け根のパーツはすでに他店にて交換されていますが、出来が悪いのでこれも合わせて交換してほしいと。同業者としては一番こたえるワードですが確かにいびつなのでそう言われても仕方がないかもですね。
まずは分解
付け根のパーツを交換するには入り口の縫製も解く必要があります(内装側に縫い目が出ないように仕上げるには)ルイヴィトンのモデルでは外装の縫い目が内装側にそのまま出ているモデルもあれば、内装と外装の間で縫製しているモデルもあります。
または内装側に縫い目が出ても構わなければ、その方が分解、再縫製する工程が省けるので費用は少し安く抑えられます。
オリジナルが縫製されていたはじめの縫い目と、前回交換されたパーツが縫製されている縫い目があります。はじめにパーツが付いていた箇所より横に5.0mmぐらいズレた位置にパーツが縫製されていました。
再交換するパーツを取り付けるときには元の位置に縫製するので、針を刺して表の位置を確認しどの縫い目がオリジナルか印をつけておきます。
持ち手の芯材には麻?なのか天然系の素材で編まれたロープが使われていました。新しく作成する持ち手には綿のロープを使用します。
試作・付け根
縫製する際にオリジナルと縫い目の数を合わせるという事は通常あまり気にしませんが、そもそもオリジナルも縫い目の数が場所によってまちまちですし。しかし今回作成する付け根のパーツは縫い目の数が決まっています。
付いていた出来の悪い付け根のパーツは寸法がすでにオリジナルと違うので参考にはできません(サイズが大きい)。ご依頼主の方は別の正規品をお持ちだったのでその鞄から型取りします。
しかし型取りしてみるとすでに使用により左右対称形状ではなかったので型はそのままでは使えません。通常の修理であればこの程度の誤差は問題ないのですが、今回は縫い目の数が決まっているので微妙な差異が縫い目の数とそのピッチに影響してしまいます。
縫い目は正五角形でもなく微妙に崩れた五角形。なので辺によって縫い目が4つだったり5つだったり(現行品だと縦長になり縫い目の数は変わっているみたいです)縫い目のピッチを狂わさずに均等にパーツ内に収める為に0.5mm単位で寸法を調整。持ち手の作成よりこの付け根の作成が一番大変でした・・・。
左のパーツは右のパーツより縫い目を一本分内にずらして様子を確認してみたり。
試作・持ち手
持ち手の付け根は閉じるタイプだったので、はじめからきっちり寸法を割り出して作成する必要があります。閉じた際の膨らみ具合だったり、付け根縫製部分の長さをオリジナルと相違がないように試作を繰り返します。
左と右の違いは縫い目から外側の幅の広さです。左が広めで右がそれより狭い設定です。
オリジナルと比べると左の幅広設定が近い感じです。付け根を閉じる設定の時には実際に閉じて縫製してみないと縫い目の位置やボリューム感が分からないので毎回2.3回は試作する事になります。
この設定で大丈夫かなと思います。
ヌメ革のエイジング評価
ルイヴィトンのヌメ革を補修する時には革の色が問題になります。ヌメ革は経年によって色がエイジングしていきます。梱包して暗闇に保管して光を完全に遮断していてもエイジング(色が濃くなる)してしまいます。
今回のご依頼品は使用によりエイジングが進んでオレンジ系の色味です。ルイヴィトンのヌメ革のエイジングの段階はだいたい5段階に分けられると思います。
- 新品・白っぽいベージュ
- 初期・ベージュ系
- 中期・イエロー系
- 後期・オレンジ系
- 晩年期・ブラウン系
今回のご依頼品だと段階は4あたりでしょうか。修理で持ち込まれる場合はある程度の年数を使い込まれているので段階としては3と4の段階が多いかと思います。
ルイヴィトンを使用されているほとんどの方があまり保湿していないので(修理に持ち込まれる鞄がそうなだけかもしれませんが)画像のように乾燥して白っぽく色褪せています。これを基準にヌメ革の色を決めてしまうと色が合わなくなってしまいます。
乾燥している状態だと3ぐらいの色味ですが、保湿すると4もしくは5ぐらいになります(後ほど完成画像にて確認できます)
続いて本番の制作へ。
本番
革は栃木レザー社のプルアップレザーを使用します。ルイヴィトンで使用されているヌメ革よりオイルが入っているので乾燥に強いです。
今回は手縫いで縫製するのであらかじめ穴を開けておきます。
ミシンで縫製するときは合わさり目を接着剤で貼り合わせ固定した状態で縫製しますが、手縫いの際は隣り合う穴に針を通して糸で閉じていきます。
一目づつ、糸で閉じられていく感じです。
芯材を革で包んで縫い閉じていく方法の他に、一旦ミシンで筒状に縫製してから芯材を差し込み、片側から引っ張って筒に通していく方法もあります。おそらく既製品ではそのように行われているかと思います。
筒が縫えたら付け根に金具をセットして裏側に蓋を閉じて縫製していきます。
片側から縫い始め中央を跨いでもう反対側へ。
縫い終わった状態。革の合わさり目がボサボサです、これを削って整えていきます。
削ってコバを締めるとこんな感じになります。この革はピット鞣しで作られ数ヶ月かけてタンニンを革にじっくりと浸透させているので、水で締めただけで革の繊維がまとまってくれます。
あとは染料を入れて仕上げに蠟を溶かし込みます。蝋を使うのは防水効果と艶出しです。
コバに蠟を塗り込んだら熱した鏝でロウを革に溶かして染み込ませます。
アルコールランプは小学校の理科の授業で使った気がしますが、火を消すときは横から蓋をサッとと先生に教えられたことだけ覚えています。サッとしないと大変な事になるんじゃないか、とその時感じた恐怖心も合わせて覚えていますが、サッとしなくても火は消えますね。
サッとに意識を集中しすぎて、蓋をぶつけてアルコールランプを倒してしまった同級生もいたような。
それぞれのパーツが完成したのであとは本体と組み合わせていきます。
組み立てと完成
付け根パーツに持ち手を連結して本体に縫製していきます。
付け根の縫製が終わったら入り口の解いた縫製も元通りに縫製します。
完成です
ボサボサだった合わさり目はつるっと仕上がっています。
しばしば既製品で(ルイヴィトンに限らず)このコバの部分の塗料がかさぶたのように剥離して再塗装をご相談されることがあります。コバの仕上げというのはちゃんとすると手間がかかるので、既製品だと樹脂系の塗料をぼってりと一度に盛り上げてボサボサを覆ってしまう仕上げがほとんどです。
また革がクロム鞣しの場合だと余計にボサボサがまとまり難いので、下地を作らずに樹脂塗料で覆って処理されています。ただその樹脂塗料が剥離してきた際に再塗装を行うには、持ち手を本体から外して塗料を全て削り落として再処理を行う必要があります。
素材や仕様によっては再塗装が可能な場合もありますが、基本的に樹脂塗料で処理されている製品の再塗装は当店では受付不可となります。
今回の持ち手についてはかさぶたのようにコバの塗装が剥離することはありません。経年によってかさついたり色褪せてきた際にはもちろんコバの再仕上げは全く問題ありません。
手こずった付け根のパーツはこんな感じ。
オリジナルの底部分のヌメ革は色褪せて乾燥していましたが、レザーローションで保湿すると新しく交換したヌメ革と同じ色合いに落ち着きます。
乾燥しているヌメ革を保湿すると乾燥していた時には目立たなかった雨の輪シミや、沈着した汚れの跡は色が濃く出てしまうことがあります。ただだからといって保湿せずにカサカサのままというのもダメージを放置する事になるので保湿をした方がいいと思います。
そもそもですが痛んでも痛んでいなくても革は定期的に保湿を行うことが重要です。革は一旦痛んでしまうとその状態から挽回することはできないのでよくて現状維持です。月初めにお手入れ、という感じでルーティーンにするとよろしいかと思います。
お手入れはどうすれば?
保湿してくださいというと8割ぐらいの方がミンクオイルでいいの?と言われますがダメです。ミンクオイルは基本的に使わない方がいいと思います。油分が強過ぎて適量や塗布するのに適した革製品の選択を誤ると、かえって革を痛めてしまったりカビの発生原因にもなってしまいます。
オススメの保湿クリーム
革製品全般(起毛革などは不可)に使えるサフィール社のユニバーサルレザーローションが扱いやすいと思います。今回のルイヴィトンでも使っていますが乳液のような感じで嫌な匂いもなく、ブラッシングすると自然な艶が蘇ります(店頭でも1.760円で販売しています)
11年前に開業した際には初日からルイヴィトンの鞄が続々と集まり、毎日ルイヴィトンの修理ばかりしていた記憶があります。
特にルイヴィトン推ししていた訳ではなかったのですが、あれはなんだったのでしょうか。最近も続いてルイヴィトンの修理が入るので、ふとそんなことを思い出した今日この頃・・・。
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