靴の閂(カンヌキ)
閂というのはその字の如く、屋敷の門が開かないように木材を横に渡しているあれです。靴の場合も同様に羽がそれ以上開かないように閉じる役目の縫い目の事を指しています。
羽がそれ以上開かないように固定しているのでその分、負荷が掛かり過ぎると壊れてしまう部分でもあります。ただあまり直接的に負荷が加わる箇所でもないので、そうそう壊れない部分ではありますが。
裂けはオールデン(コードバン)特有の原因?
オールデンはコードバンで有名ですが、コードバンとは馬のお尻にあるコードバン繊維部分ですが、その繊維の構造は牛革とは違っています。牛革は和紙のように繊維が複雑に絡み合っていますが、コードバンは単一方向に並んでいます。
その単一方向に並んだ繊維を寝かしつけ、磨き上げることよってあの独特の光沢が生まれています。では繊維が単一方向に並んでいる場合、強度の弱い方向に負荷が加わるとどうでしょうか?
和紙のように繊維が絡まっていれば踏ん張りが効きそうですが、一定方向に並んでいる場合は弱い方向から負荷が加わると裂けやすい?のかもしれません。理科の授業で習った方解石みたいな感じでしょうか、硬質だけど一定の方向からの衝撃には脆く崩れやすいみたいなあれです。
牛革の靴でも閂が裂けて補修に持ち込まれることはありますが、コードバン(オールデン)の件数が明らかに多いいです。(靴の単価が高いので修理しよう!というモチベーションが高いからかもしれませんが)
繊維方向以外に、履き方も裂けの要因としてはあると思います。立ったまま足を入れて履こうとすると、甲で押されてベロが前に倒され付け根の閂(縫い目)がその支点となりかなり負荷が加わると思います。普通に脱ぎ履きされていれば、閂というのは基本的に壊れない部位かと思います。
裂けの治し方
外羽根なので両足で4箇所に閂がありますが(内羽根は2箇所)、そのうち3箇所は裂けていました。残りの1箇所も閂の縫い目がほつれているので時間の問題でした。なので4箇所とも補修です。
裂けを直すには羽を一旦どけないと裂け目が露出できません。なので羽の付け根を分解し羽が少し開くようにします。
ちょうど二列あるうちの上段の縫い目から裂けが始まっています。3箇所とも同じくです。縫い目というのは言い換えれば切り取り線と同じです。映画のチケットのように連続して穴が空いていればそこからモギリやすくなります。
高級紳士靴で多いのですが、アッパー(本体)の縫い目が必要以上に細かいピッチで縫製されていることがあります(オールデンは比較的粗め)。ピッチが細かいと繊細な印象になりますし、ドレッシーな靴には適しているのかもしれませんが、しばしば負荷の掛かり易い履き口周辺の縫い目で裂けてしまっています。
ピッチが細ければそれだけ負荷がかかった際に、一つの縫い穴が裂けると穴の距離が近いので次から次へと連なって裂け広がってしまいがちです。
なので閂の部分だけは太い糸を用いて手縫いでピッチ広めで縫製している靴や、それを敢えて目立つように意匠にしている靴なんかもあります。
手縫いで縫っていますがこれはそういう意匠にする訳ではありせん。裂け目なので広がっている状態をとりあえず手縫いで糸を引きながら調節して閉じています。
羽でほぼ見えなくなる部分なので手縫いの糸ですでに空いている閂の穴を利用して縫っています。ミシンでも縫えなくはないのですが、羽が邪魔なので無理な動きで縫う事になり、仮固定している裂け目が離れてしまうことがあるので、手縫いで裂け目を引き寄せながら確実に糸を引いていきます。
裂け始めを手縫いで固定すれば、それ以上裂け目は開かないのであとはミシンで縫製していきます。羽の外に広がる裂け目はミシンを使い、細かいステッチで縫製していきます。
裂け目の裏にはナイロンを貼り合わせておきます。ナイロンも一緒にミシンで縫製されます。ナイロンは伸びないので負荷がかかっても踏ん張ってくれます。
こんな感じで羽を起こし無理な体勢で縫製するので、裂け始めを手縫いで仮固定せずにミシンで縫製し始めてしまうと、縫っている間に裂け目が離れてしまう可能性が高いのです。
ピントがボケていますがこんな感じです。羽で隠れる裂け始めを手縫いで閉じ、外に見える部分はミシンのステッチで細かく縫製します。
裂け目の縫製が完了したら次に一部分解した羽を元の位置に縫製し治します。裂けた部分はナイロンのみの補強になっているのでナイロンを覆い隠すように追加で革を当てて補強します。裂け目から閂周辺を補強するイメージです。
貼り合わせる革の周囲は薄く漉いて段差をなくし、脱ぎ履きの際に足が当たってめくれてこないように加工しておきます。
分解した閂とその周辺を再縫製していきます。ALDENはいわゆるアメリカンな作りなので縫製が歪んでいたり、重ね縫いがずれていたりするので再縫製する際には、穴を選んでなるべく揃って見えるようにひと穴ひと穴針を落としていきます。
閂の裂け補修完了
裂け目が羽より外側に広がっている部分はステッチが見えてしまいます。
裂け目が羽に隠れている箇所は補修跡が分からないように仕上がります。
裂け補修している事は自分では知っているので縫製跡がなんだか気になるかもしれませんが、知らない人はどうなんでしょうか?歩いていてこの距離で認識できるかどうか。
あと気づいた方もいらっしゃるかと思いますが、ミシンで縫製している時とかコードバンの表面がカサカサやなと。裂けの原因は繊維の方向、履き方、それに乾燥が影響していたと思います。
オールデンの裂ける理由
- コードバン特有の単一繊維方向による脆弱性
- 悪い靴の履き方
- 革の乾燥とお手入れの怠慢
仕上がりの画像では、いわゆるコードバン特有のヌルヌル光沢が蘇っているのが分かるかと思います。裂けているコードバンはやはり乾燥していることが多いです。保湿は簡単です、サフィールレザーローションを数度塗布して磨く事で簡単に光沢が蘇りますので。
かなり乾燥していると塗布した際に色が暗く沈みますが、浸透した後にブラシで磨くと通常の色艶が現れますので驚かないで下さい。
革が痛んでからなんとかしようとする方が多いですが、革は一旦痛んでしまうとお手入れしても現状維持がいいところです。なので履き始めから傷んでいなくても定期的にお手入れすることで、5年、10年、15年後に影響してきますのでお手入れ、されてみてください。
面倒であれば指周りの屈曲部分だけでもいいので定期的に保湿をしてみてください。革が硬化して割れてしまうと元通りに挽回する事はできないので兎にも角にも保湿が重要です。(ミンクオイルは不可)
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