どこから鳴ってる?
そんなに多くはないですが、靴底の音鳴りは年間数件ぐらいお問合わせがあります。
『歩くと音がするんですけど治りますか?』
意外と自分だけにしか聞こえていない場合もありますが、静かなオフィスとか地下道とか夜道とかだと、ペチペチペチなのかペコペコなのか、何か聞こえてきて気になったりします。ちなみにハイヒールのコツコツという音はまた違う理由なので別件になります。
音がする原因になりそうな事は?
- シャンクが軋んで鳴っている
- ソールの間に空気が入って鳴っている
- ヒールブロック周辺の問題
- 雨水が入っている(乾けば治る)
という感じでしょうか。しかし音がする原因というのは、はっきりと分からないことがほとんどです。
原因がはっきりと分からないというのは、靴底を剥がし内部を見てみても、どこも原因となるような所が見当たらないからです。
逆に靴底に穴が空いてコルクも流出して革底は剥がれかけ、シャンクの位置がずれてしまっているような絶対に音がなりそうな靴なのに、そういう靴はうんともすんとも鳴っていないのです。
なので何が原因なのか?というのは靴底を剥がしたところで分からないという場合がほとんどです。しかしこれまでそのような靴はオールソールすると改善はできているので何か原因はあるはずなのですが。(ただ原因が分からないので絶対に改善するとはお約束はできないのですが)
オールソールするにはまだもったいない
今回の件は、メールでのお問い合わせで「靴底から音がするがオールソールで治るものでしょうか?」と。画像で確認すると、靴底はまだまだ新しい感じです。ALDENのロゴがないのでオールソールされているようですが、ご依頼主の方は中古で購入された時にはすでにソール交換済みだったという事でした。
ただ購入当初から音が鳴っていたわけではなく、1年くらい履いたぐらいから、なんとなく午後になると音が鳴っているのが気になりだしたと。
ただ革底がまだまだ履ける状態でしたので、もったいないので擦り減るまで履かれてからのソール交換でもいいのでは?とご案内し、ではそうする事にと。
数日後、『やはり音が気になるのでオールソールします』とご来店。
オールソールするにはウェルトの残り具合が微妙
靴を見てみるとウェルトの残り幅が少ない。すでにソール交換されているのでウェルトはその都度削られていくのですが、底縫いの糸がもうウェルトからはみ出しそうです、というかはみ出しかけている部分も多々あります。
ALDENに限らずですが新品の段階でもウェルトを削りすぎて出し抜いの糸が出始めている靴というのはしばしばあります。どちらかというと海外の10万円前後のクラスの靴に多いような気がします。
実際にCrockett&Jonesでも新品ですがウェルトを削られすぎて、底縫いの糸がコバから露出してしまっている靴もこれまでにいくつかありました。そういう靴はショップスタッフでは分からなくてもメーカーの検品で弾かれないのが不思議なのですが・・・。
すでにこのような状態なので革底を交換した場合、底縫いを行う時点で糸がしっかりと縫えないような箇所も所々ありますし、側面を整えるのに周囲を削るとなると底縫いの糸がコバから出てきてしまう確率が高いです。
合わせてウェルトの交換を行えば問題はないのですが、ウェルト交換だけでも10.000〜12.000円程度費用が余計にかかってしまいます。
仮見積もり
- ソール交換費用(現状と同じ仕様)15.000円
- ウェルト交換 12.000円
- ハーフソールスチール併用仕様 5.000円
- 合計補修費用 32.000円
中古で40.000円ぐらいで購入されたそうなので・・・ちょっとソール交換はですよね。と、どうしたものかとお話ししながら靴を点検していると、ペチペチペチ・・・。
音の鳴るところ
マル印のところを耳に近づけて靴の中側と靴底側から指で強く押したり離したりしてみると・・・ペチペチペチと音がしています。
この部分には『シャンク』というパーツが入っていて、シャンクというのは地面から浮いている土踏まず部分の中底を支える役割のパーツで主に金属でできています。
画像のシャンクはALDENの実際のシャンクですが、位置的にはこんな感じでヒールブロックから踏まずにかけて取り付けられています。ちなみにオールデンのスチールシャンクは一般的な紳士靴で使われるサイズより大きめです。
一般的にはシャンクは中底面に固定されているのですが、ALDENのオリジナルの場合は下画像のように固定されず充填されたコルクの上にただ置かれている状態です(この上に革底が取り付けられる)
ALDENのオリジナルの仕様では革底を貼り合わせる際にはシャンク部分には接着剤は塗布されていません。しかし今回の靴は接着剤をシャンク部分にも塗布して革底を取り付けてるのかもしれません。
ペチペチとなっている音色と指で押したり離したりした時に鳴るタイミングから推測すると、シャンクに塗布された接着剤が革底面と付いたり離れたりしてそれがペチペチ鳴っている?ような雰囲気です。
これが仮に原因だとしてもソールを剥がしたところで『これが原因か』とは分からないです。シャンクにも接着剤を塗布して革底を貼り付けているのは普通にやられていることなので。それに同じように交換されたであろう右足では鳴っていないのですし。
ちなみに当店でソール交換する際にはシャンクを載せる順番も今回とは違いますし、金属のシャンクをそのまま使うという事もありません。
今回の音が鳴り出す工程イメージ
リヴテープの段差で5.0mmぐらい空間ができるのでそこへ練りコルクが詰められています。
荷重によりコルクが潰れてコルク面と革底面の間に少し空間ができる。練りコルクが使われているので潰れると隙間が生じやすい。
隙間が生じたことにより間に挟まっていたシャンクに動くスペースができる。過去にはシャンクがずれて摩耗した革底を突き破ったALDENもありました。先ほどの画像のシャンクも前側に少しずれている黒い跡が確認できます。(このALDENは鳴っていませんが)
シャンクが動く(浮く)ことにより革底面に付いたり離れたりし、塗布された接着剤の剥離する音が鳴っている。イメージとしては貼ってはがせるシールみたいな感じだと思います。
<考察>
経年でコルクが潰れてできた隙間によりシャンクが動き(浮き)、塗布されている接着剤が革底面と付いたり離れたりして音が鳴っている。中古で購入してすぐ音が鳴り始めたのではなく、1年ぐらいしてから鳴り始めたのも、その間にコルクが潰れるまでの時間と考えればそのタイムラグの説明もつく。
ソール交換しないで治せるの?
可能性のある原因としてはコルクと革底の間にできた隙間で反ったシャンクが歩行の度に上下に動き、塗布された接着剤が付いたり離れたりしているのかも知れない、という想定なのでならばシャンクが上下に動かないようにすればいいのではないかと。
一応お客様にはオールソールするにもウェルトの残り具合が微妙ですし費用もかかるので、とりあえず駄目元でネジ留めで改善できるかどうかやってみましょうという事に。
グリーン・・中底面
イエロー・・シャンク
ピンク・・革底面からのネジ留め
ブルー・・中底面からのネジ留め
シャンクが上下に動かないように固定する方法としては、反っているシャンクがヒールの境目を軸にシーソーのように上下に動いていると思うので前後を押さえつけてやればいいのだと思います。
見栄えを考えはじめは靴底やダヴリフトなどの飾りにも使われる真鍮の釘で固定しようと思いましたが、釘だと打ち込んだ面から押さえつける効果はあるのですが、今回は間に挟まっているシャンクをハムサンドのハムのように革底と中底の間で隙間なくピタッと押さえつけたいので、釘ではなく互いに引き寄せる効果のあるネジを使うことにしました。(色はアンティークっぽいブロンズ色にしました)
ネジの位置もシャンクから離れすぎてしまうと効果が薄いので、シャンクのすぐ脇に差し込む必要があります。先ほどのALDENのシャンクを革底に置いて位置を想定し、シャンクに当たらないようにネジを固定していきます。
ちなみに先程から登場するALDENのシャンクはオールソールの時に入れ忘れた!ものではもちろんなく、訳あってウッドシャンクに差し替えてオールソールしたALDENのものが手元に残っている次第であります。
革底から差しているネジはコルク層を貫通し中底面まで確実に到達しないと抑えつける効果がないので想定よりも長尺を使用し、中底面に出てきた頭は喰い切りでネジ頭をカットして潰しています。ヒール部分のネジは中敷を一旦剥がしてステンレスのネジを差し込んで積み上げの層に到達させしっかりと固定しています。
処置後は音がペチペチなっていた部分を押しても鳴らないようになりましたが、実際に歩いてみないと本当に改善できているのかどうか分からないので、ご返却当日にお客様に履いて確認していただくと音が鳴らないようになっていました。
ただ革なので今後履いていくとまた潰れたり癖づいたり、それに内部のコルクの潰れが進行するでしょうし再発の可能性もありますが、その時はネジを締め上げ騙し騙し革底が擦り減るまでいければという感じでしょうか。
もしくはしばらく様子を見て音が鳴らない状態が続くのであれば、底縫いの糸が擦り切れる前にハーフソールスチール併用仕様を施せば、今後は基本底にオールソールの必要もないのでウェルトの残り具合の心配もしなくて済むかと思います。
今回はこのような方法で一応改善できていますが、なにぶん靴底の音鳴りは原因がはっきりと分からないのでとりあえずオールソールする前にできることを行ってみるしかないという感じになります。