ヌメ革の色問題。
ヌメ革製品の修理というのは色を合わせるのが難しいです(というか合わない)。ヌメ革は経年変化して色が変わっていく素材なので、たとえ現状で同じ感じの色の革があったとして、それで持ち手を交換しても本体の革の色が徐々に異なっていってしまいます。
それは同じヌメ革でも鞣しの工程や使用しているタンニンの種類でその後の色の変化が異なってくる為です。例えば染色していないベージュのヌメ革の場合だと、鞣しの違いでエイジングしていくと赤褐色に変化するものもあれば黄褐色に変化していくものもあるように。
ヌメ革補修の参考記事
そもそもですが持ち手の場合は使用により手汗や汚れで本体とは色がすでに違っている事が多いのですが、今回はヌメ革なので特にその変化も大きく握る部分はいい感じの濃い茶色になっています。ですので仮にオリジナルの革を用いて交換したとしても結局は現在の革の色とは違ってしまいます。
尚且つ今回のヌメ革のような染料仕上げの革の場合は特にですが、革が製造されたロットによっても、その個体差によってもそもそもが一枚一枚で染まり方が異なるので色が違っています。
またメーカーに同じ革の在庫があったとしても、在庫で保管しているだけでもヌメ革は徐々に色が焼けて変化してくる革なので、結局はどこにも同じ色の革は存在しないという事です。これがいわゆる『革を育てる』ということでもあると思うのですが。使ってお手入れしていくことで自分だけの革に育っていくという感じでしょうか。
革の状態はもけもけ
前置きが長くなりましたが今回の補修箇所は持ち手の付け根の部分。付け根の4箇所とも裂け始めているか、または疑わしい感じです。補修方法はヌメ革の持ち手を交換しても色が合わないので、傷み具合からして部分補修でどうにかしましょうという事に。
革の厚みは4.0mmと十分な厚みですが床面の状態を見てみると、特に痛んでいる箇所についてはやはり革の繊維が緩い状態でした。初めは恐らくそうでもない見た目だったと思いますが、使用により締まりが緩かった繊維が伸ばされて床面の繊維が毛羽立ってもけもけしています。*床面というのは革の裏面で銀(吟)面が革のおもて面です。
一般的な製品だと両面革を貼り合わせて間に補強材などが挟まれていますが、今回の鞄のように一枚革で作られている場合には、結局は革の善し悪しがすべてになります。補強材を使用している場合は保険と言っては何ですが、仮に革の状態が場所により良くなくても補強材によって耐久性が維持できますが、一枚革の場合には悪い場合は直に影響が出てしまいます。
今回は厚みが4.0mmと厚めだったので物質的な強度でここまで持ち堪えられたのだと思います。補修の方法としてはこの部分に補強材を挟んで革が伸ばされ難くします。付け根を本体から外していくと伸ばされていない付け根の部分もやはり床面がもけもけしているので、持ち手の端に当たる周辺の革の繊維が緩かったという事でした。
付け根の補強
まず床面にナイロンを貼り合わせます。このナイロンも一般的な伸び留めで使用されているものより硬めでほつれにくい処理がされています。今回の痛んでいる箇所は使用により革が伸ばされて負荷のかかる縫い目の端から裂け始めていましたので、まず革が伸ばされ難くなるように処理をします。
次に革を貼り合わせます。仮に持ち手を交換するのであればこの栃木レザーのプルアップが一番近いかなと思い用意していましたが、この革だとオリジナルよりオイル分が多めなので、これで持ち手を作ったとしても経年していくとオリジナルよりもっと色が濃くなってしまったかと思います。ほぼ見えないところですが折角なので近い色で。
貼り合わせてチリ(あまり)を裁断したらコバ(断面)を整えます。
そしてコバを染色したら完成、これを4箇所行います。
負荷の掛かる位置をずらす
本体に空いている穴に合わせて元の位置にセッティング。
糸はナイロン糸のロウビキで近い色があったのでそれを使います。元の穴に合わせてチクチク。
元と同じ箇所を縫っただけでは今回あまり補強になっていません。ナイロンと革を貼り合わせて補強していますが裂け始めていた穴の部分は痛んでいたので、元の縫製位置ではまた同じ縫い目に負荷がかかってしまいます。なので追加で縫い目を増やし裂け始めていた元の縫い目に負荷が掛かりにくいようにします。
もともとあった縫い目より上側を縫製する事で、裂け始めていた縫い目に負荷が掛からないようにする事ができます。菱ギリを使って新しい穴を本体に貫通していきます。
新しい縫い目は元の位置より上側に延伸し、尚且つ横方向にも縫製しています。このような縫い目にする事で荷物が入って持ち手を掴んだ時に付け根部分が左右にぶれ難くなります。
元々の縫い目だと直線で両側(中央もありますがこれは飾り的な)に縫製されてるだけなので、どうしても左右の動きには弱くなる縫い目でした(今回のような重い大型の鞄でなければこの縫い目でも全く問題はないと思いますが)
縫製箇所にはナイロンも挟み、裏面に革を貼り合わせそして本体の革ともがっちりと縫製しているのでしっかりと補強になっていると思います。
最低限の縫い目
二つ折りされた持ち手の縫い目に、追加した付け根の縫い目を延伸して上まで繋げても良かったのですが、この鞄のデザインとしては「シンプル」という印象なのでその縫い目が繋がると、縫い目が五月蝿い感じになりそうなので必要最低限の追加の縫い目で補強を施しました。
補修前は片側の持ち手は自立できず倒れてきていましたが(おそらく革の繊維が緩く柔らかかったので)、補修後はしっかりと自立できるようになっています。
こういうシンプルでクラシカルな革のブリーフケースを誂えて、使い込んで育ててみたいと常々思ってはいますが、如何せんナイロンのリュックの利便さに重い腰が上がらない、今日この頃です・・・。