スパニッシュチェアのベルトはしばしば裂けるんです。 座面ベルト交換篇

スパニッシュチェア
出典元・FREDERICIA
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座面のベルトが裂ける順番は手前か後ろか。

座面の構造としては後ろに傾いているので座っている時に体重がかかり続ける後ろのベルトが真っ先に裂けそうですが、それとも立ち上がる時に体重がぐっと掛かっていそうな一番手前のベルトの方がはじめに裂ける確率は高いのか・・・?こちらの座面ははじめに後ろ側のベルトが穴のところで裂けてしまっていいます。

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こちらは手前左と二本目の右側のベルトが裂けています。裂ける位置というのは美錠を固定する穴でほとんどの場合は裂けていることが多いです。ベルトにかかる荷重に耐え切れず穴をきっかけに裂けてしまっているという状態だと思います。

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それと持ち込まれる座面や背面ですがほとんどの場合に何かしら飲み物などをこぼされてシミがついています。濡れるのが部分的だとそこが乾くと濡れていなかったところと革の硬さが変わってしまう場合があります。そうすると表面の硬さの違いからひび割れたりしてしまうこともあります。

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ただこの千切れているベルト(下画像)のように硬化もせず革もあまり乾燥していないような状態でも、穴の部分で粉々に砕けてしまっている状態を見ると革の良し悪しの質にばらつきがあるようにも感じます。

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それとベルトは革が裏表で合わされている部分もありますが、しかしその両面ほとんど接着されていません。これもちゃんと接着剤で貼り合わせておくだけで革が伸び難くなり耐久性も向上するのですが、作業性の都合なのか接着は省略されています。こちらは手前のベルトの二個目の穴で裂けています。当初は端の穴で使われて座面が伸びて弛んだので二番目の穴に詰めたらその後に裂けた、という流れでしょうか。

スパニッシュシェア

こちらの座面は逆側の手前のベルトの三個目の穴で裂けています。

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こちらの座面はベルトの四個目の穴で裂けています。はじめに3個目で使っていて穴が痛んできたので4個目に詰めたのでしょうか、それとも座面が弛んできたので詰めたのか。できれば短い設定の4個目の穴から使い始めて徐々に伸ばしていく方が痛んだベルトにはテンションは掛かり難いのですが、それでは座面がどんどん弛んでしまうのでその使い方はできないのですが。

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こちらは後ろ側のベルトが裂けています。このベルトはかなりカサカサに乾燥しているようなので乾燥が原因かと思います。

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こんな感じでスパニッシュチェアの座面のベルトは時期が来るとどれも裂けてしまうようです。裂けないように長持ちさせるには、日々の保湿のお手入れが重要になります。皆さんそうなのですが革が乾燥してひび割れてきてから焦って保湿を行いますが、革は一旦劣化してしまうとそこからいくらお手入れしても挽回するところまでは回復しないので、革は痛んでも痛んでいなくても日々の保湿のお手入れが10年後、20年後に影響してきます。

ベルトが裂けやすいのは手前か後ろか?恐らくですがこれまでに持ち込まれた修理品を見る限りでは、手前側のベルトの方が裂けやすい感じがします。立ち上がる時にぐっと荷重が集中するからなのか、それとも柱を挟んで一本だけ独立している為なのか原因は不明ですが。

使用するヌメ革はフルベジタブルタンニン鞣し。

スパニッシュチェアの座面のベルトは、ベルトが座面とは別パーツになっているので分解して交換することができます。

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革は栃木レザー社のフルベジタブルタンニン鞣しのヌメ革を使用します。革の繊維の感じを比べると栃木レザー社のヌメ革の方がオリジナルより質は良さそうに思います。

栃木レザー社は世界最大規模のピット槽を使い昔ながらの製法で時間をかけてじっくりと革を作っているので、使い込むほどに革が育って色艶が増していきます。私も同じ製法で作られた革を使って靴を製作し履いていますが、年々いい感じに革が成長していくのを実感しています。

栃木レザー社のフルベジタブルタンニン鞣しとは?

栃木レザーの革製品は全て天然由来の植物タンニンで鞣し、有害な物質を排出する薬品は一切使用しない“フルベジタブルタンニンレザー”です。フルベジタブルタンニンレザーは、使うほどに革本来が含む油分がにじみ出て、色艶が増して味わい深くなっていきます。鞣し工程では、ミモザの樹皮から抽出された樹脂を使用。自然にやさしい手法を用いることで、豊かな風合いと革本来のしなやかさを実現します。
引用:栃木レザー株式会社

スパニッシュチェアのベルトの修理の時にぐらいしか登場しない分厚いヌメ革がこちら。もともと使うあてもなく購入していたのですが、スパニッシュチェアの修理でようやく日の目を見ています。

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ヌメ革を使用する時に問題になるのが色。ヌメ革は使い込むほどに革自体がエイジングして色艶も増していきますし、陽の光で徐々に焼けて色も濃くなっていきます。

なので座面の飴色に焼けたこの色は着色して作られた色ではないので修理の時に使用するヌメ革はどうするかが問題になります。修理に使用する新しいヌメ革はエイジングしていないのでベージュ色ですが、ワインのように10年、20年寝かせてエイジングさせたおいた修理用のヌメ革というのはもちろん存在しません。

キャメルやブラウンなどもともと染料で染めてあるヌメ革もありますが(在庫ではありませんが)、ではそれが現状で色が近いからといって使った場合に、その革も染料の入った状態の色の濃さから徐々にエイジングしていくので、オリジナルの部分とは結局色が変わってしまう可能性が高いかと思います。

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隠れていて日焼けしていない部分

なので基本的に元のベージュのヌメ革を用いたベルトで交換し、あとはその後のエイジングにより周りのオリジナルの革の濃さに近づけていった方がいいように思います。また海水浴でサンオイルを塗って肌を焼くように、革も革用のオイルを塗布することでエイジング(日焼け)を早めることもできます。

ただオイルもその種類によっては使いすぎると革をふやかせてしまい、革の強度が弱くなってしまう場合もあるので使い方には注意です。

ベルトの治し仕方、裁断と糸。

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交換するベルトを本体から分離。定期的にスパニッシュチェアのベルトの修理がある為、すでに型紙は作ってあるのでそれを使ってヌメ革を裁断。二枚貼り合わせなので表型に合わせて片面の余っているちり(あまり)を裁断します。

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コバ(革の断面)を削って整えたら革の繊維の毛羽立ちを抑える処理を行い表面を締めて磨きます。その後は菱ギリで穴を一目ずつ貫通させていきます。オリジナルの縫い目の感じだと極厚用のミシンで縫製されているようですが、当店のミシンでも八方ミシンであればこのくらいの厚みは縫えるのですが、座面にベルトを取り付けた状態になると100cm以上の大きさになるのでその状態ではとても縫いずらいので手縫いにて一針ずつ縫っていくことにします。

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糸は6本拠りの麻糸をまずは一本ずつに解きます。そしてその一本ずつの毛先を漉いて細くしていきます。漉くといっても道具を使うわけではなくすでに糸が拠ってある方向と逆向きに手のひらで転がすと理由はわかりませんが漉けてしまいます。漉いた糸を3本ずつに拠ってそれをまとめて6本に拠り戻します。こうすることで糸先を極細にすることができます。

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一本ずつに解いて
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漉く前と後。

細く加工した麻糸に針を取り付けると接続部分が針と同じ太さになるので穴に通す時に引っかからずにスムーズに通すことができます。レザークラフト的なこのような修理の場合はこんな加工せずに一般的方法の菱ギリの先端で糸を梳くような方法でも問題ありません。糸を解いて細く加工するこの方法は靴底を縫う際に必要になります。

分厚い革底を太い麻糸で縫う際は針と糸を固定した部分が穴で引っかからないように、そもそも針ではなく昔は猪の毛を針の替わりに使ったり、今だと釣り糸とかを使ったりしますが針代わりの糸がそれだけ細いので糸の先もそれだけ細くしないといけないというわけです。この場合は糸に穴はないので糸に糸を絡めて留めて使用する感じですが。

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ベルトの治し方、手縫い。

ミシンで縫えればあっという間ですが手縫いで縫うのも手間ではありますが嫌いではありません。ひと針ひと針と糸の締り具合を確認しながら縫い進めていきます。

手縫いってシュッ、シュッと糸が弾かれる音を聴きながら無心になれるので、糸で穴を一つずつ埋めていく感じは写経に似た感覚があるかもしれません。まだまだ悟りを開くところまで手縫いを極められていませんが・・・。

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靴底を縫うときやウェルトを縫い付ける時は糸を強く弾くので糸が食い込んで皮膚が切れるので革の指サックを嵌めて縫っていきますが、ベルトはそんなに強く糸を引き締めないので素手でも大丈夫です。冬場の乾燥した時にはそれでも切れることはありますが。

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手縫いの場合は一本の糸の両端に針をつけて糸を穴の中で交差させます、いわゆるサドルステッチと呼ばれる縫い方です。鞍を縫う時に使われる頑丈な縫い方とされています。この縫い方だと糸がどこかで切れた時にも簡単に糸が抜けないと言われています(実験したことがないので分かりません)。ただ馬で高速走行中に鞍を縫っている糸が切れて簡単に馬具が分解してしまうと、とても危険なので恐らくそうなんだと思いますが。

サドルステッチとミシン縫いの違い

サドルステッチ
縫い目の断面図

サドルステッチは一本の糸を交差させて縫っていますが略図では分かりやすく色を分けています。ミシンでの縫製は上糸が赤、下糸が青です。例えばサドルステッチは青の糸の一箇所が切れても他は連結して上下に通っているので解れ難くい状態です。ミシン縫いの場合は一箇所切れてしまうと他の縫い目も緩んで解れてしまいます。

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ベルトの裂け補修のご依頼は一本の場合もあればまとめて三本という時もあります。または去年に一本で今年は他のベルトが二本という方も。大きな座面パーツに接続して全周を縫うには手縫いでも大変縫い難いので縫えるところまで縫ってから本体と接続します。

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ベルトの治し方、座面に合体。

元あった縫い目の角に合わせてベルトを設置。

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座面と合体すると裏面が見えないので縫い難くなりますね。

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スパニッシュチェアの座面ベルト交換終了。

手縫いで縫ったものとミシンで縫ったものの違いは、穴の中での糸の絡み具合も違うのですが手縫いだと縫い目が少し立体的になります。今回は5.0から6.0mmとヌメ革で厚くて硬いのでそうでもありませんが通常の革で手縫いを行うとより立体的な見え方になります。

好みによっては縫ってから縫い目を叩いて立体感を落ち着かせる方もいたりしますが。ミシンで縫製した場合でも縫い目には少し立体感が出るのですが、その場合も品物の雰囲気により縫い目を叩いて落ち着かせたりすることもあります。

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革用のオイルを塗布するとこんな感じで色が少し濃くなりますが、あとは徐々にエイジングしてオリジナル部分と雰囲気が似てくればと。座面裏のベルトなので日頃見える部分ではないので気長に革の成長を見守っていただければと思います。

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左が革用のオイル塗布後

革の厚みですがオリジナルより少し厚くなっています。オリジナルがことごとく美錠の穴で裂けているのでオリジナルより耐久性を向上させて交換したいということと、用意しているヌメ革の厚みがちょっと厚めだったということもあり。

革の繊維も詰まっている為オリジナルより少し硬さもありますが、美錠に一度通してしまえばあとは癖付いてくれるので着け外しには問題ないかと思いますし、何よりオリジナルより丈夫になるのでそのほうがいいかと思います。

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左が新しいベルトで右がオリジナル

座面のベルトの場合は独立しているので痛んだベルトだけ交換できますが、背もたれパーツの場合はベルトも柱に通す輪っかも全て一体型なので壊れかたによっては部分補修ではなく作り直しになってしまうと思います。パーツのサイズが100cm越えなので座面も背面も新たに一から製作し直す費用もかなり高いので、日頃からの保湿を定期的に行っていただくことが末長く使い続ける為には重要かと思います。

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