
購入前に折れるかどうか判断するには?
持ち手が折れ易い鞄の購入は避けたいものです。ではどこを見て判断すればいいのでしょうか?

それはなかなか難しいかと思います。例えばこの鞄、この付け根の形状と同じ鞄を以前に治したことがあるので、私がCOACHのショップでこの鞄を見かけたら、隣にいる知人には買わないように耳打ちしますが、壊れたところを見た事がない方にはなぜ壊れるのか判断できないと思います。

このデザインは切り返しのところでポキっと折れてしまいがち。下の画像は折れてない付け根部分。なんで折れてしまったのでしょうか?

丸い持ち手の芯材には、一般的にある程度の固さの樹脂チューブが使われている事がよくあります。持ち手の革は使用により多少伸びていきますがチューブは伸びません。覆っている革が伸び過ぎると、チューブが入っていない空洞になる部分が出来てしまいます。

通常の付け根の形状であれば、ある程度革が伸びても問題はないのですが、この付け根の形状だと一番負荷が加わり、肩掛けすると捻られる付け根付近で革を継いでしまっています。
革が伸びて空洞になりチューブも入っていない弱い部分が捻られた結果、案の定その部分でポキっと逝ってしまいます。

継ぎ目の縫製のピッチも広いです。もう少し細かいピッチで縫製していれば、もしかしたら継いだ部分の強度が維持できたかもしれません。

芯材のチューブの先端が鋭角にカットされている場合は、チューブが伸びた持ち手の筒の中でずれてきた際に、尖った先端で革を突き破って露出してきてしまうという事案も以前ありました。
同じでは壊れてしまい易いので変更します

同じ形状で作っても壊れやすそうなこの仕様では強度を維持する自信がないので、一般的な実績のある定番仕様で了解をいただきました。まずは試作。ちょろっと見えていますが芯材にはキツく編まれたロープを使用しています。
このロープの強度は切断荷重120kgなので、この鞄に120kgは入らないはずですし、持ち上げられないと思うので、芯材としての強度はこれで十分かと思います。ロープじゃフニャッとしてるんじゃないの?と思われそうですが、オリジナルの硬質の樹脂チューブ同様にカッチカチのしっかりした仕上がりになります。。

経年の使用でも革が伸び難いように筒全面に芯材を貼り合わせています。そして本体側の金具と接続する負荷が加わる部分には、ナイロン素材も挟み込みより伸び難くしています。
こういった丸い持ち手はメーカーであればその形状専用のミシンの抑えがあるのですが、修理の際は持ち手の形状や太さに応じていちいち用意できないので、車輪抑えでも縫製できるようにチリ(縫製する際の余白)をつけて縫製し、その後チリをカットし断面を削って整えます。


で、コバ(断面)の毛羽立ちを整え塗装して完成。

鋲で鉸めて固定
持ち手の固定方法としては定番の仕様、鋲でかしめて固定します。金属を潰して固定しているので強度は高いです。ロゴや接続金具とシルバー色が合っているので、デザインは変わりましたがまとまっているかと思います。


鋲のギリギリまでロープが詰めてあります。ギリギリ過ぎると鋲をかしめる際にロープに乗り上げてしまい、潰しが足りずにかしめ不良になってしまう可能性があるので攻め過ぎも注意です。



こちらもポキっと
こちらの折れ方もしばしばあります、頂点でポキっと事例です。


こちらも芯材は樹脂のチューブですが、樹脂は劣化してくると柔軟性が失われ折れやすくなります。(かなり硬質のチューブですが適度に弧になる程度の柔軟性はあります)

樹脂は素材としては扱い易いのですが、劣化が怖いので当店では使用していません。劣化する素材というのは在庫で保管しているだけでも、その間も劣化は進行しています。交換したけどすぐ折れた、なんてクレームが発生したら怖いですから(ソール交換で使用する靴底の素材も同様です)
もう片側は折れていないと思いきや、

折れてるんですね〜。

付け根は手縫いで縫製されているタイプです。

付け根の金具にくるっと回して、裏で筒に蓋をするように縫製されています。

芯材は樹脂、先ほどの芯材よりも硬質タイプ。硬質が故に劣化するとその分折れ易いかと思います。付け根部分は傾斜した形状になるので、それに合わせて先端はやや削いだ形状に加工してあります。


部分試作
今回は本体に使用されている革に合わせて型押しのシボ革を使います。付け根は蓋をする形状なので寸法がシビアです。なので本番と同じ革で試作を行い設定を確認します。

蓋をするっていうのは、筒状になっている部分を付け根で平らに広げると釣鐘状に広がります。その形状に合わせてくるっと回してきた革で蓋をして閉じていくので、折り返す革の距離と先端の形状が合わないと綺麗に閉じる事ができません。


同様の形状のルイヴィトンの持ち手製作の際の画像が分かりやすいかと思います。こんな感じで蓋を閉じるので寸法がシビアになります。折り返した距離が長いと余ってしまうし、先端の形状が合わないと蓋が閉じないしと。
この部分はミシンでは縫えない形状なので手縫いでちくちくしていきます。手縫い作業が入ると費用は少し割高になります。

ミシンでダダダっと縫えるところが手縫いで四箇所ともチクチクするので、その分時間的なコストが増加します。手縫いの際は、一目一目で糸を引き締めると革の断面が僅かに寄るので(盛り上がるので)、その都度削って整えて仕上げていきます。

手縫いでちくちく固定
使用したシボ革が張り感のある硬めのしっかりした革ということもありますが、かなりカチッと仕上がっているので、持ち手の円弧の張りに、付け根の金具が少し外側に引っ張られている状態です。

もちろん、使用していくと自分の肩の形状に持ち手の円弧が馴染んでいき落ち着きます。


裏面の蓋をしたところ。

芯材のロープは先端を斜めにカットして金具ギリギリまで詰めてあります。




持ち手の修理というのは修理というよりほぼオーダーという感じです。それぞれの長さや太さ、固定方法に合わせて型紙を作成し、試作し(また修正し)、本番となるのでやっていることはオーダーと同じです。
なので持ち手の交換はそこそこ費用はかかります。ですのでなるべく長く使いたいところですが、仕様により壊れ易いかどうかを見極める事は購入段階での判断は難しいかと思いますが、日々のお手入れは誰でもできると思います。
保湿クリームはこれで充分です
定期的に保湿を行うことで、色褪せや乾燥によるひび割れなどを予防する事ができます。リペアに掛かるランニングコストを浮かせる為にはぜひ行ってみて下さい。保湿後のブラッシングは100均のシューケアコーナーにある豚毛ブラシで充分なので、保湿クリームとブラシ合わせて2.090円なり。
これで靴やかばん、お財布など革製品のお手入れが全てできて寿命が伸ばせるなら、充分なリターンかと思います。
ご注意ください
ブラシは靴と鞄では分けて下さい。色付きの靴クリームを使用している靴をブラッシングしたブラシで、鞄をブラッシングしてしまうと靴クリームの色が付いてしまい衣類を汚してしまいます。