リベンジ修理 クラークスのソール交換篇

クラークス
補修前の状態
目次

中途半端なソール交換をするお店

補修前の画像を見ての通りソールの厚みも充分残っていてまだまだ履ける状態なのですが、なぜこのデザートトレックはこの段階でソール交換が必要なのでしょうか?それは中途半端にソール交換がされていたのでミッドソールが剥離し本体が分離してきたからになります。もちろんこのクラークスは当店でソール交換したものではありませんが。

クラークス
ミッドソールが剥離してきている

ソール交換で取り付けたvibram#4014はしっかりと元のミッドソールについていますが、そのミッドソール自体が層の真ん中で割れてきているのが分かると思います。半分はアッパー側にくっつき、半分は#4014側にくっついています。

これは元々クラークスに取り付けられていたミッドソールが劣化し割れてきてしまっている状態です。クラークスのデザートトレックはステッチダウン製法で作られています。ステッチダウン製法といってもまたそれはそれで2通りに方法が分かれますが、クラークスのデザートトレックの場合は抜け殻タイプです。

ステッチダウン製法の場合は縫い目から外側の平らな部分はアッパーがミッドソールに接着されているだけなので、経年劣化でその接着効果が弱まるとアッパーの端が浮いきたりすることはよくありますが、今回のようにミッドソール自体が劣化し剥離していたり、縫い目が食い込んでミッドソールが裂けていなければその状態で履かれていても問題はありません。

クラークス

抜け殻タイプというのは正式名称ではなくて、私がそう呼んでいるだけなので他店で依頼の際にその名称を使われても「はぁっ?」と言われてしまいますのでご注意を。呼び方があるのか分かりませんが便宜上で抜け殻と呼ぶことにしています。

抜け殻タイプは靴の周囲にあるステッチをカットするとこんな感じでぱかっと開きます。一般的なセメンテッド製法やマッケイ製法やウェルテッド製法で靴底の縫い目や周囲の縫い目をカットしてもこんな感じで本体がぱかっと開いてしまうことはありません。

クラークス

クラークスのデザートトレックで採用されているステッチダウン製法の抜け殻タイプは、恐らく靴の構造では一番単純です。周囲の縫い目をカットしてしまうとこんな感じで完全に本体とソールに分離できてしまいます。

クラークス

中途半端な原因とは?

この靴の構造はアッパー(本体)を2.0mm程度の柔らかいフェルト生地のミッドソール(中底)に靴の周囲の縫い目で縫製し、その縫い合わされたフェルト生地のミッドソール(中底)にクレープソールを貼り付けています。

下画像のクレープソールの表面に見えるベージュ色の層がミッドソール(中底)のフェルト生地です。この部分に実際に足が載っているのですが、通常は中底と言われる部分になりますがクラークスのデザートトレックには中底が無く、底を縫い付けるミッドソールに直接足が載っているので中底兼ミッドソールという感じでしょうか。

クラークス

一般的にミッドソールが付いていてそれが本体と底縫いがされている構造であれば、古いソールを剥がして(ミッドソールに問題がなければ)接着面を綺麗に処理してから新しいソールを元のミッドソールに再接着します。

ただ一般的なミッドソールであればラバー素材やレザー素材になりますが、クラークスは耐久性の乏しい柔らかいフェルト素材。この何の抵抗力もないフェルト素材のミッドソールに一般的な「貼り直し」を行なってしまうとどうなるでしょうか?

クラークス
他のクラークスですが亀裂の参考画像

柔らかいフェルト生地の中底は徐々に経年劣化してくると、今回もそれですが素材自体がミルフィールのように層で剥離してきたり、靴の周囲に縫われている底縫いの糸が食い込んでフェルト素材が引き裂いてしまう可能性が高いです。また今回は古いクレープソールを剥がした後に、古い接着剤や剥がしきれなかった古いソールをグラインダーで削った際に縫われていた底縫いの糸も所々擦り切ってしまっていたようでした。

じゃぁ中途半端ではないソール交換方法とは?

中途半端なソール交換、と言いましたが恐らく前述の交換方法で行われている修理店というのは一般的なんだと思います、一応ソールは交換できていますので。当店でソール交換をする場合はフェルトのミッドソールも交換してしまいます。

履き込まれてソール交換で持ち込まれるクラークスの中底のフェルト部分は、基本的にどれも屈曲部分はひび割れていたり何らかの問題が生じています。なのでもともとこの部分は交換するものだろうと思っていましたが、他店でソール交換されたクラークスが持ち込まれるとフェルト部分をそのまま再利用していたので、あっ交換しない店もあるんだと後々知りました。

底縫いの方法

クラークス

恐らくミッドソールを交換しないお店というのは底縫いを省略したいのだと思います。ミッドソールを交換すると底縫いも必然的に縫い直しになるので。縫い直しといっても底縫いのミシンで行えばそこまで手間でもないのですが、抜け殻仕様のステッチダウン製法の場合には底縫いのミシンで縫い直すとなると、他の製法と違って少々問題があります。

クラークス

それは抜け殻タイプのステッチダウン製法を底縫いのミシンで縫製してしまうと、サイズや靴の形状が狂ってしまう場合がある為です。現在は分かりませんがクラークスが提携している国内メーカーでソール交換が行われた靴もやはりつま先の形状が狂ってしまっているものがありました。

なので当店では時間は掛かりますが、すでに本体に開いている元の縫い穴を手縫いにてひと穴ずつ縫い直す方法で行なっています

麻糸

クラークスの底縫いの糸は麻糸の9本撚りを使用しています、これがオリジナルに近い糸の太さになります。糸が太いので縫製する際に針と糸の付け根が穴で引っ掛からないように糸端を加工します。まずは一本ずつに糸端をほどきます。

麻糸
9本撚り
麻糸
一本ずつに解く

解いた糸一本ずつの毛先の糸の撚りを戻して細く漉きます。漉くというよりは糸の撚りを腿の上で手のひらで逆に転がすと勝手に糸先が細く漉ける感じです。

麻糸
糸先の撚りを戻して漉く
麻糸

そしてそれぞれ毛先が細くなった糸を一本ずつ撚りを掛けてそれをまた9本に撚り戻すと細くて強い糸先ができるので、この細くなった糸先を針穴に固定すると繋いだ部分がダマになって太くならないので縫い穴で引っ掛からずスムーズに手縫いする事ができます。毛先は細過ぎて画像には写っていませんが髪の毛の十分の一くらいにはなっているでしょうか。

麻糸
麻糸

糸の加工ができたらそれぞれオリジナルに近い糸の色に染めてロウ引きして糸の準備ができます。黒は黒なので簡単ですが微妙な色の場合は染料の混色割合を変えてみたり、しかし染めた糸をロウ引きすると予想していたより色が濃くなってしまったりと色出しは難しいです。

9本撚りの麻糸はクラークスの底縫いか、すくい縫いぐらいにしか使わないので各色染めてある麻糸を揃えても無駄なので生成りの糸をその都度近い色に染めている次第です。

Clarks

中底兼ミッドソールの素材は?

クラークス
銀面を吸っているところ

交換の際の中底(兼ミッドソール)はオリジナルの中底から型取りし革素材で交換します。元々が柔らかいフェルト素材だったのでソールの屈曲性を損なわせたくないので柔軟性のあるショルダー部分の革を使います。

コスト面を考慮するのであれば既製品でも使われているようなパルプ系の合成素材を用いてもいいのですが、それでは元のフェルト素材同様に劣化してくると層で剥離してきます。そして足が直接載る部分なのでそれらの素材は湿気には弱く脆いです。なのでコストはかかりますが革中底を用いることにしています。

革中底のメリットとは?

一つはフェルト素材に比べるまでも無くその耐久性です。10年、20年と履きこまれてもひび割れることなく履き続けられている中底もあるくらいです。革中底の銀面(表面)は軽く擦って使います。ツヤツヤの表面はプレスされ磨かれて潰れている状態です。この表面を軽く擦ることで(ヌバックっぽい感じでしょうか)湿気の吸収が良くなりまた靴の中で足が滑りにくくなります。

二つ目は吸排出性。靴の中で生じた湿気を吸収し貯めておき、靴を脱いでいる時に排出してくれる機能です。革底は靴の中の湿気が靴底から抜ける、みたいな都市伝説がありますが皆さんどう思われていますか、本当に抜けているのでしょうか?ハーフラバーソールを貼ると湿気が抜けなくなりますか?、みたいなことを質問された事がありますがどうでしょうか?

足は1日でコップ一杯分の汗を掻くと言われていますが実際にその汗が靴底から抜けている、と仮定するとします。家に帰られた時に革底を触ってみてください、じんわり湿っているはずです。が、もちろんそんなことはないと思います、その汗はどこに行っているかというと確か60%くらいは履き口から蒸発して(東京都皮革試験場データより)残りは革中底やライニング(裏革)に吸収されているらしいです。それらが合皮などの革素材でない場合は恐らく靴の中で漂い蒸れの原因になるんだと思います。

よく毎日同じ靴を履かない方が靴が痛まない、という理由は脱いでいる間に靴内部に溜め込まれたその湿気を放出させて乾燥させる時間なんだと思います。シューキーパーもできれば木製のもので表面にニスなどの塗装がされていない無塗装のものであれば、靴の型崩れ(履き皺)を矯正しつつ合わせて湿気も吸収してくれると思います。

中底
左が銀付き・右が銀面を吸った状態

紳士靴の中にはつま先側のライニングにはメッシュ状にパンチング加工(穴あき)されていて物理的に甲革側から湿気を外に排出するような工夫がされていることもあります。ただ指周りにこの加工がされていると、擦れやすい小指側面付近などはパンチング加工の影響で革が通常より痛み易かったりもするので、その加工が良いのか悪いのか議論の余地があると思います。

また湿気の排出という観点だとピッグスキン(豚革)も優れているようです。実際につま先側に使われていることもありますが、豚の毛穴は三つずつ並んでいるので毛穴が多い為か通気性が良いとされています。それに確か耐摩耗性能試験では牛革よりも優れていたような記憶もあります。

クラークス
履きこまれたクラークスのフェルトの中底

これは履きこまれたクラークスの中底の画像ですが、それぞれの指の形も分かるぐらいに中底面が足の形で凹んでいます。クラークスで使用されているクレープソールはソールの素材の中で一番柔らかいソールなので体重が掛かった分だけ凹んでいく感じです。

自分の足型に凹んでくれるのは足の収まりが良くなるのでメリットではありますが(必要以上の凹みはデメリットになってしまいますが)、ただそれ故に凹み方が激しいので足が曲がる屈曲部分には中底に亀裂が入り(画像中央左側)ステッチ部分まで裂け目が広がっているのが分かると思います。これは長らく履きこまれたクラークスの中底ではしばしば見かける現象です。

革の可塑性とは

物体に応力を与えたときに生じた変形が、応力を取り除いてももどらない性質。 この性質は革の加工時における成型性と関係が強い。 革は比較的可塑性がいいが、クロム革よりも植物タンニン革が良く、クロム鞣し後に植物タンニンで再鞣した革は、クロム革よりも良好である。

出典:皮革用語辞典

よく革靴は履いていると足の形を覚えて馴染んでゆくと言われていますが、これは革の持つ可塑性という性質に由来しています。特に今回ソール交換で使用している革中底のようなタンニン鞣しの場合はそれが顕著に現れます。

元々は土台のクレープ素材が柔らかいのでそこに載るフェルトの中底は砂浜のように足型に凹んでいましたが、交換の際に革中底を用いることでその可塑性を利用して履いている人の足型を徐々に中底面へ再現していく感じです。革中底の場合はある程度の硬さもあり、必要以上に凹むことなくまた耐久性も高いので中底には一番適している素材かと思います。

 革中底を使う3つの利点
・耐久性・・・フェルト素材の中底よりはるかに優れている
・吸排出性・・靴内部の湿気を吸収し排出してくれる
・可塑性・・・足裏の形状を徐々に覚えてくれる

ソール交換したので革のお手入れも初めてみませんか?

レザーのミッドソールを取り付けて手縫いが完了したら次にvibram#4014を取り付けグラインダーで切削。レザーミッドソールの断面はそのままだとケバつくので表面を締めてコバインクで塗装します。この時に側面を全部黒く染めてしまう方法と、レザーミッドソールの層は革の色を残してアクセントにすることもできます。

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レザーミッドソール取り付け
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vibram#4014の取り付け
クラークス
ソール交換後・VIBRAM#4014/Black 仕様

フェルトのミッドソールが剥離して縫い目で分解が始まっていた箇所はこんな感じでビシッと仕上がっています。アッパーの革とvibram#4014の間にある一番黒い3.5mmの層が革中底になります。

クラークス
クラークス

当店のクラークスのソール交換で一番選ばれるのが、vibram#4014。#4014はラバーとスポンジ素材が混合したような素材です。弾力と耐久性のバランスがよく履きやすいソールだと思います。ちなみにvibram#2021もよく選ばれますが、こちらはスポンジソールになるので重いクレープソールから乗り換えるとふわふわとした雲の上のような履き心地になると思います。

vibram#4014はブラックとアイボリー(オフホワイト系)のカラーの展開で、vibram#2021はブラック・ダークブラウン・サンド(ベージュ系)のカラー展開となります。

クラークス

クラークスでよく選ばれるvibramソール

vibram#4014が一番選ばれていて次に#2021というぐらいであとは順不同という感じです。vibram#1136や#148はラバー素材になり素材が硬くなるのでクレープソールからの変更だと見た目もそうですが履いた印象もガラッと変わると思います。

番外編としてはレザーソールを選択される場合もありますが、その場合はステッチダウン製法とマッケイ製法を併用し、革底もダブルソールになるので費用も高くなりますしソールの硬さもそこそこあります。

選択されるVIBRAM ソール

  1. vibram #4014 /ブラック・アイボリー
  2. vibram #2021 /ブラック・ダークブラウン・サンド
  3. vibram #1136 /ブラック・ダークブラウン・ハニー
  4. vibram #148 /ブラック
  5. vibram#2060 /ブラック・ダークブラウン・サハラ

ソール交換の際の注意点

クラークスのソール交換で一点注意事項があります。それはあまり履きこまれておらず中底面に足型の凹凸の癖があまりついていないような状態、または新品の状態でのソール交換はあまりオススメしておりません。またはサイズ感がキツキツのような状態では。

中底面はオリジナルを型取りして新しく交換しますが、その底面形状は三次曲面なので細かな指跡などの起伏まではトレースしきれません。なのでソール交換の際には多少のサイズ変化はありますが、すでに履き込んで癖づいている状態の靴はサイズが緩くなっている場合が多く、若干の中底面の起伏の変化があっても許容範囲内での誤差となります。

それが新品の状態に近かったり癖があまりついていない靴からのソール交換だと、中底面の起伏形状の誤差やソールの硬さの違いから、ソール交換後に少し窮屈になってしまう場合が稀にありますのでご依頼の際はご注意ください。

お手入れはこれだけすればいいですから

革が乾燥し軽い亀裂が入っている部分もありましたので、末長く履き続けるには今後は特に定期的に保湿を行なっていただく事が重要だと思います。お手入れが面倒という方には屈曲部分(小指や親指周辺)のみでもいいので保湿を行なってみてください、5年後、10年後にそれが影響してきますので。ほとんどの方が亀裂など痛みだしてからなんとかしようと動きだしますが、革は痛んでも痛んでなくても使い始めからのお手入れが重要です

クラークス
クラークス

革の色に合った乳化性の靴クリームも合わせて用いた方が補色効果がありますが、それも面倒であればこのサフィール社のユニバーサルレザーローションのみでも構いませんのでクリームを指周り周辺に塗布してください。片足に塗布して反対側に塗布して塗り広げた頃には初めに塗布した靴のクリームが浸透しているので、あとはそれぞれブラッシングするだけです。ルーティーンになってしまえばなんていう事もありませんので。

革が痛む、あるある順序

  1. 雨に濡れる
  2. 乾燥する
  3. 雨に濡れる
  4. 乾燥してひび割れ始める
  5. 少し焦る
  6. 指周りの革が硬化し始める
  7. ひび割れが裂ける
  8. どうにかしようとネットで検索する

という流れですがどうですが、どの段階にまで進んでいますか?これを防ぐにはなるべく早い段階から定期的に保湿さえしていれば予防できます。特に雨に濡れて乾いた後に履く時には必ずその前にレザーローションで保湿を行なってください。濡れて乾燥した時にはいつも以上に革の油分が奪われていってしまっているので。

そしてできれば革の色に合った乳化性の靴クリーム、サフィール社だとビーズワックスファインクリームなどで保湿の後に塗布してお手入れすると、補色効果もあるので革の色褪せも予防する事ができます。それと保湿クリームとは違い、乳化性の靴クリームにはロウ成分も配合されているので合わせて使用すると、ある程度の小雨であれば水分を弾くこと(革への浸透を防ぐこと)ができます。

乳化性の靴クリームを塗布する時にはペネトレイトブラシを使うと手を汚さずにシワの凹んだ部分にも成分が行き届いて効果的なお手入れができます。塗布を布切れで行うとシワの凹みに届かなかったり手も汚れたり時間もかかるのでブラック、ブラウンなどメインになる色の本数を持っていると快適なお手入れができると思います。

クラークス

かかとの部分は途中の手縫いの画像では乾燥してカサカサに色褪せていたと思いますが、このぐらいには戻せます。ただ色褪せがひどい場合は乳化性の靴クリームだけでは色の状態を維持する事ができないので、この場合は補色補修も行っています。補色を行なった後で定期的に乳化性の靴クリームでお手入れしていけば革の色は現状維持する事ができます。

クラークス

以上、クラークスのリベンジ修理でした。ソール交換の方法も業界統一ルール的なものがある訳ではないので、お店ごと、職人さんごとに異なっているのでご依頼の際はしっかりと確認された方がよろしいかと思います。

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