宝の持ち腐れするBALLY オールソールとリウェルト篇

オールソール
補修前
目次

意味のないウェルテッド製法

古い新品の靴ですがユニットのラバーソールが剥がれてしまっています。海外のサイトで古いBALLYの靴を購入したが靴底がすぐに剥がれてしまったとの事です。

オールソール
オールソール
スカスカのスポンジ

革底での交換がご希望という事で、メールでのお問い合わせでしたのでまずは画像で靴底を確認してみると、セメンテッド製法(接着のみ)かと思いきやなぜかウェルテッド製法の様子。

そうなるとウェルテッド製法であれば、なぜラバーソールを縫い付けないのだろう?という疑問が。

ウェルトが交換された形跡もないし、一度も底縫いが縫われた形跡もない。

ウェルト交換

ラバーソールを取り付けた後に部分的にウェルトを削り過ぎてしまっているようで、ウェルトの幅も足りない箇所がちらほら散見。ウェルトの幅が足りないとこれに革底を取り付けても底縫いができません。

矢印部分がウェルトと本体とを固定しているすくい縫いの縫い目です。この外側に靴底を縫製するのですが幅が残っていないのでこの状態のウェルトでは靴底を新たに縫い付けることができません。

オールソール

内側の壁側に見える縫い目と縫製されています。

オールソール

あまり靴の製法に詳しくない方だと、この状態の意味の無さというか無駄な状態ということが分かり難いかと思いますが、例えるとNetflixに加入しているのにレンタルビデオ店でいつもレンタルしているような感じでしょうか。ことわざで言うところの、宝の持ち腐れという状態です。

宝の持ち腐れ
1.役に立つ物を持っていながら、使用せずに放っておくこと。
2.すぐれた才能・手腕があるのに、それを活用しないことの例え。 また、生かし切れないでいること

出典・ウィクショナリー

普通この外観で仕上げたいのならば、飾り押縁をつけてセメンテッド製法(接着)か、もしくはマッケイ製法でいいはず。それをわざわざコストを費やしウェルテッド製法にしています。

そしてウェルテッド製法だと接着強度が期待できるのは約10mm幅のウェルト面しかありません。わざわざ接着し難い状態にして接着を行うという、何もかも矛盾だらけな靴です。

ウェルトを外す

ウェルト交換が必要になっても構わないということでしたので作業を進めます。まずは削られ過ぎて使うことができない(縫うスペースが無いので)ウェルトを外していきます。

ウェルト交換
ウェルト交換

ウェルトを取り除いた状態。ちなみにウェルテッド製法も二種類ありまして、一つは今回のようなミシンで縫製できるようにリヴというパーツを使用する量産型のグットイヤーウェルテッド製法、もう一つは革中底を加工し手縫いにて行うハンドソーンウェルテッド製法。

ウェルト交換

両方ともウェルテッド製法ではありますが根本的な構造としては異なっています。リヴパーツを別途取り付けるグットイヤー製法の方が中底を直接加工するハンドソーン製法に比べると靴底の返りも硬くなるといわれています。

実際にどうか?というと、気にしたことがないので私は違いは分かりませんが、この検証をするには左右同じデザインで同じ革を使い同じ革底を使用し、左足はグットイヤー、右足はハンドソーンで製作した靴を履いて検証しないと正確には分からないと思います。

ウェルト交換

ウェルトを取り外すと既に痛んでいる箇所を発見。矢印部分ですがウェルトを縫い付けられた位置が端すぎて穴が裂け始めていました。

しかし他にも原因が。ぐるっと一周貼り付けられたリヴテープの合わさり目が、少し重ねてカットしておけばいいのに、ちょうどでカットしようとして逆に僅かに足りてない事に。テープがない箇所が弱くなり革を裂いてしまっていたようです。

ウェルト交換

今回、ウェルト交換を行わずに履いていたら時期に穴が裂けてウェルトが外れてしまっていたので、何れにしてもこの靴はウェルト交換が必要だったかと。

オールソール

糸作り

まずはすくい縫い用の糸の準備。9本縒りの麻糸を一本ずつに縒り戻します。

すくい縫い

そしてそれぞれの糸の縒りを戻して糸先を漉きます。

ウェルト交換

それをまた4本と5本の二組に縒って、その二組をまた縒り1本に戻します。こうする事で糸先の強度を保ちつつ細く加工でき、針にくくりつけてもその部分が太くならずスムーズに縫製することができます。

ウェルト交換

次に糸にチャンを浸透させます。チャンというのは松脂と油を混ぜて固めたもので、撮影し忘れましたが琥珀色のグミみたいな硬さのものです。季節によって夏は油少なめ、冬を多めという感じでその硬さを調節します。チャンを浸透させることで糸の強度が上がります。

奥の赤い支柱は金床。支柱に糸の端を結んでピンと張ります。革切れにチャンのかけらをくっつけ、糸に擦り付けると摩擦熱でチャンが溶けて糸に付着します。

ウェルト交換

糸の長さは2ヒロぐらい。1ヒロは私が手を広げた長さなので2ヒロだと340cmくらいでしょうか。ヒロという単位はどういう漢字でどういう意味なのか分かりませんがそのように教わっています。

一度チャンを全体に擦りつけたら、別の革切れで今度は高速に動かし付着したチャンを摩擦熱で糸に溶かし込ませ浸透させます。

ウェルト交換

チャンが浸透して白かった糸が黄色く染まっています。チャンが浸透すると糸はピンと自立するぐらいの張りが出ます。

ウェルト交換

すくい縫い

本体に開いている元の縫い穴にすくい針を通し、新たに取り付けるウェルトに貫通させていきます。一つ開けては縫って、縫い目を叩いて、一つ開けて縫っては縫い目を叩いてを繰り返していきます。

ウェルト交換

縫う度に縫い目を叩くのは叩くことで縫い穴が潰れ、松脂が染み込んだ糸同士が貫通した穴の中で絡むことで糸が緩み難くなります。

ウェルト交換

すくい縫いはその名の通りアッパー(リヴ)とウェルトをすくう様に縫うので、すくい縫いです。糸先に付けている針はすくい針と同じ曲がりに加工した針を使います。

ウェルト交換
ウェルト交換

ウェルトは濡らせて縫い付けていきます。初めから水に浸している人もいる様ですが、私は縫うのが遅いので次第に乾燥してきてしまうので、その都度縫われるところにきたらウェルトを濡らしています。

ウェルト交換

濡らすと繊維がほぐれて革が柔らかくなるので、特につま先の急な曲がり部分は本体にウェルトが添いやすくなりますし、なりより濡らす効果としては、濡れてふやけた状態で本体にきつく縫製することで、のちにウェルトが乾いた際には緩んだ繊維が収縮するので弛みなくビシッとウェルトが本体に固定されます。

トリッカーズなどで使用されているストーム付きのウェルトだと、立ち上がりがあるので硬く曲がり難いので、ウェルト床面に浅く切り込みが入っています。

恐らく工場ではウェルトを濡らして作業することはないので、取り付けし易くする為に切り込みを入れているのだと思いますが、履き込んだ靴では切り込みの影響でウェルトが割れてしまっている場合もあるので、作業性の為に質を落とすのはどうなのだろうかと思ったりもします。

ウェルト交換

レザークラフトの縫い方とは違い、ウェルトを縫い付ける時には一目一目フルパワーで糸を引きます。すくい針の柄は画像の様に糸が巻きつけられる様になっていて、ここにくるくると巻きつけて内側に体重をグッとかけて糸を締めます。

つま先は内側のピッチが細かくなります。ピッチが細かくなると強く糸を引いた際に必要以上に糸が穴に食い込みやすくなるので別の糸(黒糸)を絡ませながら縫っていきます。食い込みすぎると後で穴を裂いてしまいウェルトが外れてしまう原因になる事もあるので。

ウェルト交換

先ほどの穴が裂けていた部分は革で補強し縫製してあります。

ウェルト交換

最終コーナーです。ウェルトがダブルの時には始まりと終わりを接続します。合わさり目は互い違いに革を漉き、重なると元の厚みになる様に加工しています。

ウェルト交換

ウェルト交換完成です。

ウェルト交換

すくい縫いの縫い目から外側に底縫いを行う余裕ができました。この幅のまま仕上がりではなく最終的には革底を取り付け、底縫いを行い、靴のシルエットに合わせてウェルト(コバ)を削っていきます。

ウェルト交換
ソール交換

ちなみに、すくい縫いの際は革の指サックをして縫製しないと麻糸が関節に食い込んで皮膚が裂けてしまいます。それくらい力を込めてウェルトをしっかりと固定する必要があります。なのでウェルト交換を両足とも済ませた頃にはヘトヘトです。

ウェルト交換

ソール交換

ウェルトを取り付けたらあとは通常のソール交換の作業と同じになるので、他のソール交換グループに合流させます。他のグループはソールを剥がしコルクを取り除いてひとまず待機状態でした。

よく質問されるのですが、一足ソール交換するのにどれくらいかかりますか?と。

今回の様に下準備だけして待機状態の期間があったり、革底を取り付けて底縫い待ちの期間があったり、途中で締め切り間近の鞄の修理で数日待機させたりなどなど、単純に一足だけを係りっきりではじめから終わりまで行うことはないので、どのくらいの時間が一足に対して積算しているのか分かりません。

ソール交換

一番手前が今回の靴。ウェルトがダブルです。次とその次がシングルウェルトでかかと周囲にはハチマキというパーツが取り付けられています。

ハチマキは痛んでいなければ再利用するパーツになります。一番奥もシングルウェルトですが、こちらはハチマキはなく革底が直付け仕様になっています、確かJ.M. WESTONのローファーです。

こちらがかかと周りがハチマキ仕様の靴。タックス(アルミの釘)でハチマキが固定されています。シングルウェルトの場合はこの仕様が一般的です。ハチマキを付けないとウェルトとの段差が生じてしまうので、それを解消するた為に取り付けられています。

ソール交換
ハチマキ仕様

メーカーによってはダブル仕様にして、かかと周りはすくい縫いせずに同じ様にタックスでウェルトを固定してしまうメーカーもあります。この方法がわざわざハチマキを用意し取り付ける手間が必要ないので、一番合理的ではないかと思います。

こちらがハチマキなしのシングルウェルト仕様。かかと部のアッパーがタックスで固定されているのが分かると思います。昔はこの部分はウェルトを縫製してきたあまりの糸で、アッパーの革をからげ縫いして中底に固定していた様ですが、手間もかかりますし、特にそれによる効果もないので今はタックスで固定されるのが一般的です。

ソール交換
ハチマキなし仕様

樹脂の靴型もタックスで固定する前提で、かかとの底面には鉄板が取り付けられていて、打ち込まれた釘の先端が潰れて中底にしっかりと固定できる様になっています。

ソール交換

シャンクをセットしコルクをみっちり詰めた後は革底を取り付けて荒断ち。

ソール交換

荒断ちした後は最終イメージに近い設定で外周を削り底縫いを行います。

ソール交換
底縫い

ハーフソールスチール併用仕様

ソール交換
完成

靴底はハーフソールスチール併用仕様。この仕様が耐久性とランニングコストの面では最強のスペックになります。当店で革底でソール交換をされる方の9割はこの仕様を選択されています。

ソール交換
ハーフソールスチール併用仕様

ハーフソールで底縫いが隠れるので糸切れの心配をする必要もなく、糸が切れないので革底が剥がれる事もありません。

オールソール

摩耗しやすいつま先にはスチールを施工しているので、履き始めの著しいつま先の摩耗にも耐えることができます。

ハーフソールスチール

ハーフソールの部分というのはつま先に比べると摩耗の進行は緩やかで、金属パーツのつま先の方がハーフソールより先に擦り減ってしまう場合が多いです。それぞれ部分交換が可能です。

金属でもそうなので革底のまま履き下ろしてしまうと、気づいたらウェルトまで削れていた・・なんてことになりかねません。実際に新品の靴をおろして数日でウェルトまで摩耗させてしまう方もいるので。

ソール交換

今回、靴の雰囲気が華奢というわけでもなくトゥにもボリュームがあるシルエットなので、ソールの形状はあまりタイトな感じで攻め過ぎず、コバも張り出してボリュームを残した感じに仕上げています。

ソール交換

かかと周りもボリューム感を残し、ヒール周りがどっしりと安定した印象になる様に仕上げています。

ソール交換
ソール交換

結局、BALLYはこの靴で何がしたかったのか分かりませんでした。ただ正規品の割にはラバーソールに刻印も一切ないのでどういう事なのだろうかと。ウェルトは付けてもソールを縫い付けない、ラバーソールにはロゴがない・・。

例えば修理店でオリジナルのソールを剥がしてこのラバーソールを取り付けた、ということであればウェルトには底縫いの痕跡が残るはずです。ウェルトも交換した痕跡もないのでメーカー製造ということで間違いがないのですが謎だらけです。

可能性としてはサンプル品ということでしょうか。とりあえずどんな感じに仕上がるかを確認する為に、市販のラバーソールを貼り付けてみたとか。

ソール交換

MOULINS(ムーラン)というシリーズの様ですが、ググってみるとフランス軍のサービスシューズらしき記事も。軍ものにするので革底仕様の靴をラバーソールだとこんな感じです、という社内見本とか。

ソール交換

デットストックの罠

ビンテージだったりデットストックの靴の購入にはリスクがあります。オークションで画像で見る限り綺麗で一度も履いていないという状態でも、数十年経過していれば何かしら劣化している可能性が高いです。

ましてや履かずに保管しているのであれば、恐らく保湿などはその間一度も行われていないのだろうと思います。足入れして負荷が掛かった瞬間に裏革の塗装が割れて剥離してきたり、屈曲した部分の革にクラックが入ったり、ソールが剥がれたり、革底が割れたり、リフトのラバーが粉砕したりなど。

時々そういった靴のご相談がありますが、今回の様にそっくり交換できる部位であればいいのですが、交換できない箇所やそもそも素材自体が劣化してる場合は修理不可となる可能性が高いので、ご購入の際はお気をつけください。

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