洋服が汚れるので交換したい
以前は付かなかったけど、最近になって持ち手の黒い色が洋服に付くようになったので交換したい、というご相談が立て続けにありました。
革製品は現在の技術では100%色落ちを防ぐことはできないので(ガラス加工やエナメル革は除く)、購入すると紙タグなどに「擦れたり、濡れた状態で使用すると色落ちが生じることがあります」と記載があると思います。なのである条件下では色落ちはしてしまう可能性はあります。
ただ、以前は付かなかったのに最近洋服が汚れるようになったとはどういう事でしょうか。
これって逆なら自然かなと思うのです。使い始めは色落ちしたが今では気にならなくなった、ということであれば。
数年使ってから色が落ちてくるというのはなんとも不自然です。色が落ちるなら使い始めから落ちるのが自然ですよね?(ちなみに合皮は当然ですが、使い込んで劣化が進行すると塗装の皮膜が剥がれ洋服を汚します)
不自然の原因
そのうちの一件で、TUMIの持ち手の巻革交換で店頭にご来店された方に、色々とお話を伺ってみると一つの仮説が。
その持ち込まれたTUMIの持ち手は、いつものような革の擦り切れやひび割れはまだありませんでした。革表面は何年も使い込まれているので、乾燥など多少傷みはありましたが、まだまだ使える状態です。
いますぐ交換の必要はなさそうですが、色が落ちるのであれば使われている革の問題なので交換という方法しかありません。(TUMIの革は同じモデルでも発売された年代なのか、製造国によるものなのか明らかに革の質が異なる事があります)
ちなみに「革のお手入れはされていましたか?」と質問してみると、「していません」と。これはほとんどの方がそうなので想定内です。
今回持ち手を交換するとしても、その後はちゃんとメンテナンスをして欲しいので、ちょうど革が乾燥していましたし、保湿クリームの効果を見ていただこうかと。
試しに保湿クリームを白い布切れに取り出し革に塗布してみると・・・・。
保湿クリーム、迷ったらこれでOKです
白い布切れは真っ黒に。保湿クリームには汚れ落としの成分も配合されているので、新品の革製品に塗布しても革の色が多少付着するがあります。ただ今回のはそれとは違い、革の色落ちというよりは単純に汚れがひどくてそれが布に付いた感じです。
5年間洗わない白いシャツ
例えば白いシャツを一度も洗わずに5年間着用していれば、襟や脇やその他は想像したくないですが、かなりやばい状態です。
では5年間、毎日握っているその革の持ち手はどれだけ汚れているのでしょうか?日々の手垢や汗や埃などが染み込んだ、その革の汚れは果たして洋服には付かないのだろうか?と。
仮説
色落ちではなく長年蓄積された手の汚れが付いているのでは?
以前は付かなかったけど、最近になって汚れが付くようになった、というのは革の色が落ちているのではなく、経年による蓄積した汚れが飽和状態になり、最近になって洋服に付着し始めた、と仮定すると辻褄が合うような気がします。
ご相談された品がどれも黒色だったので、革の色落ちと思い込んでいましたが、蓄積された手垢や汗が革と反応して付着してしまうというのはあり得るのではないかと。
これが赤や緑など分かりやすい色が付着していれば、汚れではなく革の色落ちとすぐに判断できますが、黒色だと色落ちなのか汚れなのか判断がつきません。
ただいずれにしても革に塗装された黒色は落とさずに、長年蓄積された汚れだけを除去して綺麗にするという事はできないので(ちなみにクリーニングという方法はお勧めしません)、改善方法としては持ち手を交換するしかないのですが。
コバの色が付く?
汚れが付くという案件で、劣化したコバの塗装が付いているのでは?というご相談もあります(上記の鞄)。コバの塗装はメーカーによって使用されている塗料がまちまちなので、なかには劣化して付くようなこともあるかも知れません。
現品を確認すると可能性としては色落ちというのではなく、合皮と同じで劣化して剥がれた塗装の皮膜や粉が洋服に付着して汚している可能性はあるかも知れない、という印象。
ただコバに用いられる塗料は仮に剥離して洋服に付着したとしても、払えば取れるような樹脂系の塗料が一般的なので、基本的には洗濯しないと取れないようなものではありません。
なので恐らく革自体の色落ち、または汚れが付着しているのかも知れません。PVC素材の鞄本体には持ち手の他にも縁取りやマチの部分、持ち手の付け根にも同じ素材が使われています。
例えば持ち手の日々の汚れが洋服に付着していると仮定すると、あまりこれまで手に触れないようなマチ部分や付け根の内側の革は、手垢などでは汚れていないので白い布で擦っても汚れないはずでは?と。
では検証してみます。白い布を水で湿らせてそれぞれの部位の革を擦ってみました。
縁のパイピングはあまり手には触れませんが、例えば夏の半袖の場合は、小脇に抱えると腕が常に触れているので汗で汚れている可能性はあります。
マチの内装側の革は、恐らくこれまでに一度も手に触れていない可能性がありますが、黒い色は多少付着します。持ち手に比べると薄っすらなので、水に濡らした布の状態であれば一般的な色移りレベルかと思います。
持ち手付け根の内側の四箇所をそれぞれ擦ってみると、その内の三箇所は黒く汚れて一箇所は全く色が付着しない状態でした。
そもそも色移りさえしない箇所があるなど結果はまちまち、汚れなのか革の色移りなのか特定の原因はわかりませんでした。いずれにしても交換するしか改善方法はありませんので作り替えします。
なるべく耐久性を向上させる
GOYARDやCOACHなんかでもこのような形状の持ち手をよく見かけますが、持ち手の幅が狭く付け根が太いような。
この形状だと肩に掛けて小脇に抱えた際に付け根部分が捻られ易いので、経年により付け根で千切れてしまいがちです。
尚且つ、本体との境目にデザインとして両脇に跨いだステッチが入っていますが、そのステッチが千切れるきっかけにもなってしまいます。(ベルト部分が中央のステッチのみなので、この縫製だと両脇が開き易い為、恐らくステッチを跨いで入れたのだと思いますが)
持ち手部分も革を貼り合わせて中央にステッチを入れているだけなので、革が伸びてしまい易い仕様です。こういう形状は断面から剥がれて(浮いて)きてしまいがちです。
作り直す際は、あまり見た目を変えずになるべく強度を向上させたいので、ご相談しまして一部仕様変更しました。
ベルト部分は通常のベルトのように両脇にステッチを施しました。付け根部分の縫製もその流れで繋げるようにします、両脇の千切れるきっかけになるステッチは無しです。
この形状の持ち手は、付け根の平たい部分で本体を両面で挟み込み固定するのですが、そこで素材の厚みが1/2になります。結果、一番負荷が加わり易い箇所なのに弱くなってしまいます。
なので持ち手全体を通して伸びないナイロンを挟み込み、両脇のステッチで縫製。付け根には拗れに耐えられるように芯材を追加して補強しました。
元々はフニャフニャな持ち手でしたが(柔らかい革を補強もなく単純に二枚貼り合わせでしたので)使用する革や縫製の仕方、補強により適度に張りのある持ち手になり、ご依頼主さんも満足していただけました。
持ち手の蓄積汚れに関わらず、革製品は傷んでも傷んでいなくても、使い始めからの日々のお手入れが大切です。5年後に傷んでからお手入れしても挽回は難しいです。とりあえず今日からお手入れしてみて下さい。
お手入れはこれで十分です
サフィール社のユニバーサルレザーローション、スムースレザーであればお手入れはこれで十分です。
布切れにクリームを少し出して全体に薄く塗布、2.3分経ってクリームが浸透したらブラッシングすればいいだけです。軽微な色褪せであれば色も落ち着きます。
布切れは着古した綿のTシャツを短冊状に長くカットし、指にぐるぐると巻きつけると使い易いです。タオル地や毛羽立ちのある生地を使うと、そちらに無駄にクリームが吸い取られてしまいます。
ちなみに冒頭のTUMIの持ち手の色落ちのご依頼主さんは、革が擦り切れたりしている状態ではなかったので、とりあえず付着する汚れはレザーローションでお手入れして、騙し騙し使われてみるという事でした。
まだ持ち手が使えるけど、というような同様の状態の方はとりあえずレザーローションで様子見、というの選択肢かもしれません。