こだわると筒詰め。
丈を詰める(短くする)のは問題がありませんが、筒を詰める(太さを細くする)場合というのは余りお勧めはしていません。
というのもそもそも脚のラインに合わせて筒は設定されているので、例えば今回のように後ろ側で詰めてしまうと筒の立ち上がる角度が多少変わるので、それが許容範囲なのかどうか仕上がってみるまでしっかりと確認が出来ないので、万が一仕上がった状態で履き難いなどになってしまうとその後の対処方法が限られている、または対応出来ないのでリスクが高いです。
筒詰めを受付する段取りとしては、まず初回のご来店時に履いて頂いて現状の状態を確認(郵送では受付できません)どの箇所で詰めるか、どの程度詰めるかなどご希望を伺い一旦お預かり。
その後に詰める箇所の縫製や裁断を行い分解します。そして再度ご来店頂き、足を入れて実際にご希望の太さに革をずらしてみて履けるのかどうか、サイズに問題がないかを確認します。
ただこれもその場で仮固定できるわけではないので、足を入れた状態で私が余った革をつまんだり指で押さえた状態で違和感がないかどうかを確認する程度なので、実際に歩行した場合にどんな変化になるかまでは分かりません。
ロングブーツの場合は足の部分(靴)と脚の部分(筒)で歩行の際に違う動きになるので静的には問題なくても動的にどのような不具合が生じるかまで確認することができません。
なので特別強いこだわりがなければ、またその状態で履けないこともなければ加工せずにそのまま履かれておいたほうが良いのかもしれません。といっても今のところ筒詰めして問題が生じて戻ってきた靴はありませんが。
リアル軍靴仕様
ご依頼品は現在販売されている昔の軍靴を再現した靴ということで、靴底の仕様などはリアルな感じです。
ただ筒の太さが昔のリアルなものはタイトなのですが、この靴はかなりブカブカなのでその部分をリアルな靴と同様にブーツインした際にピタッと足に沿うようにとのことでした。
タイトフィットとなると余計に難しく、筒詰めにより生じた矛盾を誤魔化す余白がなくなるのでハードル高しです。
ちなみに凶器に近いこの鋲まみれの靴底だと店内の床が傷みそうなので、採寸の際には立ち位置にダンボールを敷かせていただいた次第です。
確かに昔の軍靴はこのような鋲が付いていますが市街戦の路面を想定した仕様なのか、ジャングル戦を想定した仕様なのかでも当時支給された靴底は変わっていたのだろうか?岩場だとこの靴底の仕様だと滑りまくって危なそうだな・・・なんてことを思ってみたり。
何かで読んだ記憶がありますが、旧日本軍はこの軍靴が粗悪で足に合わず、その為に足の病気に掛かり戦地で動けなくなった兵士が多くそれが敗因の一因になった、というようなことを司馬遼太郎さんの本か何かで読んだことがあります。
確かに足に合わない靴で現代の日常を過ごすのもしんどいですが、ましてや重装備でいつ銃撃されたり砲撃されたりするのか分からないような戦場で、足に合わない靴で戦うというのはなかなか酷であります。
かかとには馬蹄形のスチールが埋め込まれています。これ交換するときはどうするのでしょうか、タップダンス用の靴だとかかとの全面が金属のものもありますがそれを加工して使うかどうかでしょうか。
現在でもつま先には摩耗予防にビンテージスチールを取り付けますが、昭和の頃はかかとにも同じようなスチールを打ち込んでいたようです。
ただ路面はどんどんアスファルトで覆われ、駅や商業施設の床もツルツル、なのでそのような環境では体重の掛かるかかとにスチールを装着していると、滑って怪我に繋がるので現在では余り取り付けを行なっているお店も少なくなっています。当店でも危ないのでかかとにスチールの取り付けは行なっていません。
迷った時は一旦放置してみる。
今回のブーツは筒の部分は表革の一枚のみで作られているので構造は単純です。これが裏革があって別々になっていると厄介になります。革の合わさり目は内側になる方に外側の革が載り、その重なった部分を縫製するという一番シンプルな構造。
詰める際にはそれぞれ両側から詰める寸法の半分づつを裁断して(重なる部分は差引して)オリジナルと同じように重ねればいいいのか、それとも重ねずに縫い割りという方法で行った方がいいのかどちらの方法がベストか・・・。
右脳を駆使して考えてはみるものの私の右脳のスペックでは処理しきれないのでしばらく放置。湯船に浸かりながら、各駅停車に揺られながらもやもやと数日考えてはみるものの、結局はやってみないと分からないということに。
何をそんなに悩んでいたのかというと、採寸の際にトップの部分の周囲寸法はお客様から指定があったので決まってはいたのですが、そのほかのふくらはぎの部分などは採寸の際に履いた状態で余った革をつまんでどのくらいカットするのか印をつけていました。踵の部分には芯材が入っていて革が硬化されているので、この部分は詰めることはできないので足首部分からトップにかけて革を詰めていきます。
採寸の際に印をつけた点を繋げていくと当たり前ですが、ふくらはぎの形にそのラインは弧を描くのですが、両側をその弧の形でカットしそれを果たして矛盾なく左右重ね合わせられるのか?
合わせられるとすればオリジナルのような載せた重ね方ではなく、左右の端を揃えて二枚重ねて縫製しそれを割り広げる方法(縫い割り)であれば可能なような気もするのですが、寸法が変わらない足首部分と詰めた筒の部分で辻褄が合うのか、また形状が綺麗に出るのか・・・
などやってみないとどうなるのか想定ができず、また裁断してしまうともう後戻りができないので、うろうろうろ・・・。
ただそもそもこのブーツの筒のシルエットはルーズ(寸胴)な設定で足のラインに沿っておらず(だから詰めるのですが)、また採寸通りに足のラインで詰めてしまうと今度はタイトすぎて足が途中で引っかかり入らなくなるのではないのか?(ファスナーがないブーツの場合は起こり得る)
なので詰める際は採寸の数値より途中の区間は余裕ができる直線で繋げた方が間違いが無いということで、またご希望を伺った際もトップの履き口の寸法重視と縫い合わさり方もできればオリジナル通りにということでしたので、弧のラインでカットして縫い割りするのではなく画像のように直線的なラインでオリジナル通り重ねて詰めることになりました。
裁断から組み立て。
魚を卸したような革の切り身、裁断した部分です。載り合う部分を差し引きして両側からそれぞれ裁断。重なる革の表面は接着剤が効くように表面をガサガサに荒らしてあります。
縫製する前にもともとあった(裁断して無くなった)オリジナルの縫い目を再現しておきます。重ねてからでは段差で縫製できない部分になるので。縫い合わさり目のセンターの両脇にステッチが一列ずつ入ります。
そしてセンターで貼り合わせて縫製します。この縫製は八方ミシンというミシンでしか縫製できません。八方ミシンというのは抑え部分が360度回転し、その回転させた抑えの向きで縫い進めることができます。なのでこのような筒の形状でも縫製できるという訳です。
ただ画像でも分かると思いますが筒の端がミシンの台に当たっています。この長さが縫製できるちょうど限界という感じですが、この靴のように分厚い硬い革ではなく革が柔らかければ、筒をくしゃっとすればもっと長い筒でも縫製できますし、ファスナーが付いているブーツであれば筒の長さは関係なく縫製は可能です。
足首まで縫製してきたら抑えを回転させて返し縫いとオリジナルの残った縫い目を繋げて処理します。抑えの向きが行きと帰りで反対向きになっているのが分かると思います。
筒詰め完成。
筒の角度が前側に傾斜していますがこの傾斜はもともとで、どちらかというと今回ふくらはぎ側を詰めたので角度的には後方に引っ張られ少し角度が戻されているぐらいの感じでしょうか。
なので詰める前の状態だとかなりラッパ状に筒が広がっていた感じです。仮に筒の角度が変わってもブーツの場合は足首部分に「遊び」があるので、そのシワの入り方で辻褄が徐々に合うようになるとは思いますが、今回のブーツは革が硬く厚いので馴染むまで少し時間が掛かるかもしれません。
今回受付する前には前述の通り、筒詰めには不確定要素があるので補修後に履き難くなる可能性もあるとお伝えした上での補修となりました(かなり詰めるので大丈夫かな?とわたし的にはそこそこ引き留めた次第ですが)
ご来店の際に足入れをしていただくと問題ないということでした。
履き口の周囲を60mm詰めて、仕上がりが390mmから400mmの間が希望ということでしたので、前後に誤差が生じることも踏まえて、またかなりタイト気味の設定でしたので保険の意味も兼ね中央値の395mmに仕上げました。
センターの縫い目はオリジナルは2列だったのですが、裁断し詰めた際にステッチが入る位置がなくなったので、もし二列に入れるとなると今度は残ったステッチと辻褄が合わなくなるのでセンターは一列になっています。
それと斜めに裁断されて途切れて残ったステッチも、なんだか蝋燭の炎のシルエットぽく左右で繋がりそれらしくなりました。この残ったステッチも詰めた後にどういうラインで残るのか右脳でシュミレーションしきれなかったので心配な部分ではありました。
ご返却の際に他にも同じブランドの似たような軍靴を購入予定なのでそれも同じようにできないかとご相談いただきましたが、とりあえずこの靴の馴染み具合の様子を見られてからの方が宜しいですよ、とアドバイスさせて頂きました。